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by azamashinya2005
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<   2011年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧

↓も「小橋川大介」君の記事です。

その他、彼はとても分かりやすく色んな情報を提供してくれてますので読んでみて下さい。

小橋川大介ブログ



僕は20歳をまたいで計5年ほど東京に住んでいました。

どこの原発にだったかは忘れましたが、

原発に3ヶ月間働きに行っていたという友達がいました。

原発に興味があった僕はその友達に色々質問をしては内部のことを聞いていたのですが、

当時は何とも思わなかったある“コト”を思い出したので、

調べてみたらスペインの全国紙にこんな掲載がありました。

僕が聞いていたある“コト”とは、





「日本の企業は原発の清掃のためにホームレスを募っている」





ということです。



ここからはそのスペインの新聞記事(原発に反対する大阪の会「美浜の会」が訳)をご覧頂きます。

「美浜の会」さんの訳を、

僕がさらに分かりやすくまとめたので、

原発のことを全く知らなくても読みやすいと思います。

読みやすいですが結構長いので、

時間にゆとりがある時にじっくりとご覧下さい。

なるべく多くの人に読んで欲しいです。






【スペインの全国紙エル・ムンドの2003年6月8日にこんな記事がありました】



日本の企業は、原子力発電所の清掃のために生活困窮者を募っている。

多くが癌で亡くなっている。

本紙は、

このとんでもないスキャンダルの主人公達から話を聞いた。

DAVID JIMENEZ(東京特派員)


 


福島第一原発には常に、

もう失うものを何も持たない者達のための仕事がある。



松下さんが東京の公園で住居としていた4つのダンボールの間で眠っていた時、

2人の男が彼に近付きその仕事の話を持ちかけた。

特別な能力は何も必要なく、

給与は工場労働者の仕事の倍額が支払われ、

48時間で戻って来られる。



2日後、

松下さんと他10名のホームレスは、

首都から北へ200kmに位置する発電所に運ばれ清掃人として登録された。

「何の清掃人だ?」

誰かが尋ねた。

監督が特別な服を配り、

円筒状の巨大な鉄の部屋に彼らを連れて行った。

30度から50度の間で変化する内部の温度と湿気のせいで、

労働者達は3分ごとに外へ息をしに出なければならなかった。

放射線測定器は最大値を遥かに超えていたため、

故障しているに違いないと彼らは考えた。

1人、また1人と、

男達は顔を覆っていたマスクを外した。

「眼鏡のガラスが曇って視界が悪かったんだ。

時間内に仕事を終えないと支払いはされないことになっていた。」

53歳の松下さんは回想する。

「仲間の1人が近付いてきて言ったんだ。俺達は原子炉の中にいるって。」



この福島原発訪問の3年後、

東京の新宿公園のホームレス達に対して、

黄ばんだ張り紙が、

原子力発電所に行かないようにと警告を発している。



“仕事を受けるな。殺されるぞ”



彼らの多くにとってはこの警告は遅すぎる。

日本の原子力発電所における最も危険な仕事のために、

下請け労働者、ホームレス、非行少年、放浪者や貧困者を募ることは、

30年以上もの間、習慣的に行われてきた(僕の友達は俗に言う非行少年)。

そして今日も続いている。



慶応大学の物理学教授、藤田祐幸氏の調査によると、

この間、700人から1000人の下請け労働者が亡くなり、

さらに何千人もが癌にかかっている。





『完全な秘密』

原発奴隷は日本で最もよく守られている秘密の1つである。

いくつかの国内最大企業と、恐るべきマフィア、

やくざが拘わる慣行について知る人はほとんどいない。

やくざは電力会社のために労働者を探し、

選抜し、契約することを請負っている。



「やくざが原発親方となるケースが相当数あります。

日当は約3万円が相場なのに、彼等がそのうちの2万円をピンハネしている。

労働者は危険作業とピンハネの二重の差別に泣いている。」



と写真家の樋口健二氏は説明する。

彼は30年間、日本の下請け労働者を調査し写真で記録している。



樋口氏と藤田教授は、

下請け労働者が常に出入りする場所を何度も訪れて回り、

彼らに危険を警告し、

彼らの問題を裁判所に持ち込むよう促している。

樋口氏はカメラによって、

藤田氏は放射能研究によって、

日本政府、エネルギーの多国籍企業、そして、人材募集網に挑んでいる。

2人の意図は、

70年代から原発が操業のために、

生活困窮者との契約に完全に依存するに至るまで拡大した悪習に、

ブレーキを掛けることである。



「日本は近代化の進んだ日の昇る場所です。

しかしこの人々にとっては地獄であるということも世界は知るべきなのです。」

と樋口氏 は語る。



日本は第二次世界大戦後の廃墟の中から、

世界で最も発達した先進技術社会へと移るにあたって、

20世紀で最も目覚しい変革を遂げた。

その変化はかなりの電力需要をもたらし、

日本の国を世界有数の原子力エネルギー依存国に変えた。



常に7万人以上が、

全国9電力の発電所と52(2003年当時の数だと思う)の原子炉で働いている。

発電所は技術職には自社の従業員を雇用しているが、

従業員の90%以上が、

社会で最も恵まれない層に属する、

一時雇用で知識を持たない労働者である。

下請け労働者は、

最も危険な仕事のために別に分けられる。

原子炉の清掃から、

漏出が起きた時の汚染の除去、

つまり技術者が決して近付かない、

そこでの修理の仕事まで。



嶋橋伸之さんは、

1994年に亡くなるまでの8年近くの間、

そのような仕事に使われていた。

この若者は横須賀の生まれで、

高校を卒業して静岡浜岡原発での仕事を持ちかけられた。



「何年もの間、私には何も見えておらず、

自分の息子がどこで働いているのか知りませんでした。

今、あの子の死は殺人であると分かっています。」

彼の母、美智子さんはそう嘆く。



嶋橋夫妻は、

伸之さんを消耗させ、

2年の間、

病床で衰弱させ耐え難い痛みの中で命を終えさせた、

その血液と骨の癌の責任を、

発電所に負わせるための労災認定の闘いに勝った、

最初の家族である。

彼は29歳で亡くなった。



原子力産業における初期の悪習の発覚後も、

貧困者の募集が止むことはなかった。

誰の代行か分からない男達が頻繁に、

東京、横浜などの都市を巡っては働き口を提供して回る。

そこに潜む危険を隠しホームレス達を騙している。

発電所は少なくとも毎年5000人の一時雇用労働者を必要としており、

藤田教授は少なくともその半分は下請け労働者であると考える。



最近まで日本の街では生活困窮者は珍しかった。

今日、彼らを見かけないことはほとんどない。

原発は余剰労働力を当てにしている。

日本は12年間経済不況の中にあり、

何千人もの給与所得者を路上に送り出し、

1人あたりの所得において、

世界3大富裕国の1つに位置付けたその経済的奇跡のモデルを疑わしいものにしている。

多くの失業者が家族を養えない屈辱に耐え兼ねて、

毎年自ら命を絶つ3万人の一員となる。

そうでない者はホームレスとなり、

公園をさまよい、

自分を捨てた社会の輪との接触を失う。





『原発ジプシー』

原発で働くことを受け入れた労働者達は、

原発ジプシーとして知られるようになる。

その原発ジプシーという名は原発から原発へと、

病気になるまで、

さらにひどい場合は見捨てられて死ぬまで、

仕事を求めて回る放浪生活を指している。



「貧困者の契約は政府の黙認があるからこそ可能になります」



人権に関する海外の賞の受賞者である樋口健二氏は嘆く。



日本の当局は、

1人の人間が1年に受けることが可能である放射線の量を50mSvと定めている。

大部分の国が定めている5年間で100 mSvの値を大きく超えている。

理論上、

原子力発電所を運営する会社は、

最大値の放射線を浴びるまでホームレスを雇用し、

その後“彼らの健康のために”解雇し、

再び彼らを路上へ送り出す。

現実はその同じ労働者が数日後、

もしくは数ヵ月後、

偽名で再び契約されている。

そういう訳で約10年間、

雇用者の多くが許容値の何百倍もの放射線にさらされている説明がつくのである。



長尾光明さんは、

雇用先での仕事の際に撮られた写真をまだ持っている。

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写真では彼は常に着用するわけではなかった防護服を着ている。

病気になる前、

5年間働いた東電・福島第一原発で、

汚染除去の作業を始める数分前に撮った写真である。

78歳、

原発ジプシーの間で最も多い病気である骨の癌の克服に励んで5年を経た今、

長尾さんは原発を運営する会社と日本政府を訴えることに決めた。

興味深いことに彼は、

契約されたホームレスの1人ではなく、

監督として彼らを指揮する立場にあった。

「大企業が関わる仕事では何も悪い事態が起こるはずはないと考えられてきました。

しかしこれらの企業がその威信を利用し、

人々を騙し、人が毒される危険な仕事に人々を募っているのです。」

と長尾さんは痛烈に批判する。

彼は許容値を超える大量の放射線にさらされてきたため歩行が困難となっている。



30年以上の間、

樋口健二氏は、何十人もの原発の犠牲者の話を聞き、

彼らの病を記録してきた。

彼らの多くが瀕死の状態で、

死ぬ前に病床で衰弱していく様子を見てきた。

おそらくそれ故、

不幸な人々の苦しみを間近で見てきたが故に、

調査員となった写真家は、

間接的にホームレスと契約している多国籍企業の名を挙げることに労を感じないのだ。

東京の自宅の事務所に座り紙を取り出し書き始める。



「パナソニック、日立、東芝……」





『広島と長崎』

企業は他の業者を通してホームレスと下請け契約をする。

労働者の生まれや健康状態などを追跡する義務を、

企業が負わずに済むシステムの中でそれは行われている。

日本で起こっている事態の最大の矛盾は、

原子力を誤って用いた結果について世界中で最も良く知っている社会の中で、

ほとんど何の抗議も受けずにこの悪習が生じているということである。



1945年8月6日、

アメリカ合衆国は、

その時まで無名であった広島市に原子爆弾を投下し、

一瞬にして5万人の命が失なわれた。

さらに15万人が翌5年間に放射線が原因で亡くなった。

数日後、長崎への第2の爆弾投下により、

ヒロシマが繰り返された。



あの原子爆弾の影響と、

原発の下請け労働者が浴びた放射線に基づいて、

ある研究が明らかにした所によると、

日本の原発に雇用された路上の労働者1万人につき17人は、

“100%”癌で亡くなる可能性がある。

さらに多くが同じ運命をたどる“可能性が大いにあり”、

さらに数百人が癌にかかる可能性が ある。

70年代以来、

30万人以上の一時雇用労働者が日本の原発に募られてきたことを考えると、

藤田教授と樋口氏は同じ質問をせざるをえない。



「何人の犠牲者がこの間亡くなっただろうか。

どれだけの人が抗議も出来ずに死に瀕しているだろうか。

裕福な日本社会が消費するエネルギーが、

貧困者の犠牲に依存しているということが、

いつまで許されるのだろうか。」



政府と企業は誰も原発で働くことを義務付けてはおらず、

またどの雇用者も好きな時に立ち去ることができる、

と確認することで、

自己弁護をする。

日本の労働省の広報官はついに次のように言った。



「人々を放射線にさらす仕事があるが、電力供給を維持するには必要な仕事である。」



ホームレスは間違いなくそのような仕事に就く覚悟が出来ている。

原子炉の掃除や放射能漏れが起こった地域の汚染除去の仕事をすれば、

1日で建築作業の日当の倍が支払われる。

いずれにせよ、

建築作業には彼らの働き口は滅多に無い。

大部分が新しい職のおかげで社会に復帰し、

さらには家族の元に帰ることを夢見る。

一旦原発に入るとすぐ、

数日後には使い捨てられる運命にあることに気付くのである。



多くの犠牲者の証言によると、

通常、危険地帯には放射線測定器を持って近付くが、

測定器は常に監督によって操作されている。

時には大量の放射線を浴びたことを知られ、

他の労働者に替えられることを怖れて、

ホームレス自身がその状況を隠すことがあっても不思議ではない。



「放射線量が高くても、働けなくなることを怖れて、誰も口を開かないよ。」



斉藤さんはそう話す。

彼は、

「原発で色んな仕事」

をしたことを認める、

東京、上野公園のホームレスの1人である。

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原発で働く訓練と知識が欠如しているため頻繁に事故が起きる。

そのような事故は従業員が適切な指導を受けていれば防げたであろう。



「誰も気にしていな いようです。

彼らが選ばれたのは、

もしある日仕事から戻らなくても、

彼らのことを尋ねる人など誰もいないからなのです。」

と樋口氏は言う。



一時雇用者が 原発の医療施設や近くの病院に病気を相談すれば、

医者は組織的に患者が浴びた放射線量を隠し、

“適性”の保証付きで患者を再び仕事に送り出す。

絶望したホームレス達は、

昼はある原発で、

夜は別の原発で働くようになる。



この2年間、

ほとんど常に藤田、樋口両氏のおかげで、

病人の中には説明を求め始めた者達もいる。

それは抗議ではないが多くの者にとっての選択肢である。

村居国雄さんと梅田隆介さん、

何度も契約した末、

重病にかかった2人の原発奴隷は、

雇用補助の会社を経営するヤクザのグループから、

おそらく「殺す」と脅されたために、

それぞれの訴訟を取り下げざるを得なかった。





『毎日の輸血』

大内久さんは、

1999年、日本に警告を放った放射線漏れが起きた時、

東海村原発の燃料処理施設にいた3人の労働者の1人である。

その従業員は、

許容値の1万7000倍の放射線を浴びた。

毎日輸血をし、皮膚移植を行ったが、

83日後に病院で亡くなった。



労働省は、

国内全ての施設について大規模な調査を行ったが、

原発の責任者はその24時間前に警告を受けており、

多くの施設は不正を隠すことが可能であった。

そうであっても国内17の原発のうち、

検査を通ったのはたったの2つであった。

残りについては最大25の違反が検出された。

その中には労働者の知識不足、

従業員を放射線にさらすことについての管理体制の欠如、

法定最低限の医師による検査の不履行、等も含まれた。

その時からもホームレスの募集は続いている。



松下さんと他10名のホームレスが連れて行かれた福島原発は、

路上の労働者と契約する組織的方法について何度も告発されている。



慶応大学の藤田祐幸教授は、

1999年、原発の責任者が、

原子炉の1つを覆っていたシュラウド(炉心を囲む構造物)を交換するために、

1000人を募集したことを確認している。



福島原発での経験から3年後、

松下さんはさらに2、3の仕事を受けたことを認めている。

その代わり彼に残っていた唯一のものを失った。



健康である。



2、3ヶ月前から髪が抜け始めた。

それから吐き気、

それから退廃的な病気の兆候が現れ始めた。

「ゆっくりした死が待っているそうだ。」

と彼は言う。






【この新聞はインタビューを受けられた樋口健二氏より提供された。

記事の訳内容の一部は、樋口氏によって訂正されている。

尚、原文では、写真は全てカラーで掲載】



訳責:美浜の会






20歳そこそこの僕はこの問題を聞いていながら、

正直言って自分のことで精一杯な毎日だったので、

あまり気に止めてなかった気がする。

ふと原発で働いてたと言っていた友達を思い出したのも、

何かの知らせなのだろうか。

そのYという友達は、

もう連絡先も分からないから一生会うことは無いかもしれない。

原発には3カ月しか働いてなかったから無事なのだろうが、

ちょっと心配だ。



こういう事実は皆の心に刻んでいて欲しい。
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by azamashinya2005 | 2011-03-31 11:57

その先に…。

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何が見える!?

きっと、キラキラ明るい未来が見えてるね( ^^)Y☆Y(^^ )
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by azamashinya2005 | 2011-03-23 14:01

被災地の現状

神奈川の友人、大和市消防隊員、ビーチバレーボール選手、角田宗義(つのだむねよし)氏からの話です。


ご無沙汰です。

ブログ見ました。
貴重な地震情報、ありがとう。今後の備えに有用だと思います。今後は富士山噴火?それとも東海地震?
に備えるべきなんでしょうか。的外れだったらごめんなさい。

以前の福岡西方地震では、一緒に地震を経験したね。今回神奈川も震度5以上の揺れでした。
福岡での揺れよりは弱かったです。怖かったけど、ある程度冷静に行動できました。

震度5以上は消防署に自主参集なので一番乗りで参集できました。
その後、17日から仙台市宮城野区に神奈川県隊救急隊としていきました。
打ち上げられた遺体はたくさんあるらしいですが、仙台市の救急件数はだいぶ落ち着いてきました。
が、仙台市内の病院はベッド数がパンクしています。
仙台市の職員は一週間以上たった今でも家族の無事を確認できず、いまだ家に帰らず連続勤務が続いています。
私は自ら希望して、今回緊急援助隊に参加しました。ですが、原発の状態が悪化していくにつれて、
情けないですが恐怖で足がすくんでいきました。最悪の場合は、家には戻れないことを覚悟しました。

被災地の方々は、原発の恐怖より今起こっている不安のほうが強く、復興に向け涙していました。
神奈川県隊は急遽、撤退命令が出たので予定より早く、昨日帰ってきました。
これからは福島の原発の避難圏内の搬送に向かうよう指示が出ています。

今回、自衛隊・警視庁・ハイパーレスキューにより放射線の量が下がったことは、非常に心強いと思います。
しばらく、緊急援助隊には選ばれないけど、ハイパーレスキューを見習って、被災地の救出に準備しようと思います。

全国の消防から緊急援助隊は来ていました。
皆の力で、この状況を打開できるよう願っています。
お互いファイアーマンとして、今できることをがんばっていきましょう!

以上。


実際、被災地での現状を目の当たりにして、言葉では言い表せないくらい色んな想いをした彼。
本人はもちろん、家族も同じように不安な想いをしたに違いない。

今、日本中、世界中の皆さんが同じような気持ちだと思います。

ツノ!
連絡してくれて、話してくれて有難う。

又、笑顔で会える日を楽しみにしてるよ!
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by azamashinya2005 | 2011-03-20 10:19

秋田の友人より

友人より

「実際に災害が起きるがどうかは別にして、少しでも皆の防災意識向上に貢献したい」
と送ってくれた文章です。



ブログ見ました。
地震は防げないけど、備えがあれば被災後の状況はずいぶん変わる。

レスキューのプロに言うことじゃないけど、災害時の避難先、連絡方法、待ち合わせ場所などを事前に家族で決めておく事が大事だと今回身に染みました。

幸いにも秋田はほぼ普段の生活に戻りつつあるけど、地震直後は生活から文明が消えました。

電気、水道、ガス、ガソリンがなくなると本当に動きがとれない。
今もガソリンは品薄状態で、ほとんどのスタンドは閉鎖され、たまに営業していても長蛇の列。しかも一人10リットルまでの制限付き…
ガソリンが無いからみんな一回の外出で買いだめしようとする。
だからスーパーの生活必需品はほぼ売り切れ状態。
ちなみにこれは今回の地震で最も被害が少なく、東北地方で唯一死者が一人もいなかった秋田県の状況だよ。

水、保存食関係、電池、携帯電話の充電器、懐中電灯、卓上コンロ、卓上コンロ用ボンベ、電池式ラジオ、ガソリン用携行缶、水用タンク、ロウソク、トイレットペーパー、ミルク、おむつ。
他にもいろいろあるとおもうけど、とりあえず以上の物はソッコーで無くなるよ。

何事もないのが一番だけど、ブログに書いてあった期間だけでもある程度の備蓄はしたほうがいいかも。

そして、ガソリンは出来るだけ満タンに。
いま一番困っているのはガソリンです。

単なる取り越し苦労になることを祈ります。

以上  吉田昌平。




貴重な情報有難う御座いました。

僕も実際数年前に、福岡の友人の披露宴へ出席した翌日に震度6弱の西方沖地震を体験しました。

ホテルの12階で睡眠中、その激しい揺れはテーブル上のテレビ、コップ、物を全て落とし、落ちたテレビが床を滑り出す程で、部屋の外では宿泊者、ホテルスタッフの叫び声が何度も聞こえ、建物が傾く度「崩壊した瓦礫の下敷きになる絵」が頭に浮かび、とても恐ろしい思いをしました。

幸い今回のような惨事にはまでは至らなかったですが、それでも街は相当なダメージを受けました。

皆さん、今一度意識、準備の大切さを感じましょう。


引き続きこの情報の拡散もお願いします↓

東北地方太平洋沖地震の救済支援
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by azamashinya2005 | 2011-03-15 13:23

宜しくお願いします。

ビーチバレー浦田聖子選手、仲矢靖夫選手からのメール転送情報です。--------------
【拡散希望】
ビーチバレー浦田聖子です。

まだ多くの被災者がおられる中非常に心痛む日が続きますが、
今、1人の人間として、またアスリートとして
私たちに出来ることはないかと言う事から、

陸上為末さん発信のTEAM JAPANと言う寄付活動に私は賛同し、
寄付よりも仲間を増やしてほしいと言うことで、

TEAM JAPAN#beachvollyを立ち上げました。

1人では力が足りませんので、ぜひ皆さんのお力を貸して頂けたらと願います。

決してアスリートやビーチバレー選手だけが集う場所ではありませんので、
ご協力の程、宜しくお願い致します!

それぞれのteamを増やしていますが、支援場所は皆同じとなっております。

【TEAM JAPAN#beachvolly】
http://justgiving.jp/c/2226
(このサイトより登録お願いします。)

ただとても込み合っていて、登録後すぐに反映されない状況になっていますので、
ここは賛同下さる方がたくさんいらっしゃると言う事でご了承下さい。

皆で力を合わせ、
1日でも早く明るく元気な日本になることを願って
頑張りましょう☆

浦田聖子



--------------
為末選手の呼びかけで、浦田聖子選手を代表にTEAM JAPAN#beachvolleyの東北地方太平洋沖地震の救済支援が誕生しました。
もうすで寄付をされてる方もいると思います。
寄付したいけどどこにしたらいいかわからないって人や、賛同いただける方はこちらからお願い致します。
http://justgiving.jp/c/2226

僕もビーチバレーチームの一員として参加しています。
僕の方から寄付しても、浦田選手から寄付しても同じ所に寄付されるので、どちらからでも大丈夫です。

ちなみに僕のは
http://justgiving.jp/c/2254


家族や仲間に支援の輪を広げて下さい!
ブログやTwitterでバンバン広めて下さい。
宜しくお願い致します!

仲矢靖夫
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by azamashinya2005 | 2011-03-14 16:19

友人の情報です。

沖縄にもありえる話。
最後まで読んで下さい。

以下友人の「小橋川大介」君の記事より。



茨城県鹿嶋市の下津海岸でクジラ約50頭が打ち上げられている、

と報道するニュースを3月5日の朝見た。

「可哀想に……」

と話しながら他愛もない1日が過ぎていく……。



普通の人ならそう過ぎていったであろう所でしょうが、

僕は小さい頃から天災に興味があり、

特に地震に関する書籍は片っ端から読んできた。

テレビで地震に関するドキュメンタリーがあれば録画してでも見ていたし、

国土交通省サイトで見れる「地殻変動情報」も定期的にチェックしている程だ。

宇宙天気ニュース(太陽の状態を観測)もしかり、

FM電波観測情報や大気中のイオン観測情報……難しくなるので省きますが……。



「あれ?」

僕は嫌な思いが過ぎった。





ちょっと話を遡ろう。



記憶に新しいクライストチャーチ地震の2日前(2011年2月20日)、

ニュージランドの南に浮かぶ小さなスチュワート島。

島のほとんどが国立公園に指定されている自然豊かな島ですが、

その2日前の20日、

この島の砂浜に107頭ものクジラが座礁していたのです。

ニュージーランドは地震のとても多い国。

ネットでそのニュースを読んだ時は「また地震でもあるのかな〜」くらいでした。

で、結果はご周知の通り。

2日後、

悲惨なクライストチャーチ地震が起こりました。



それから時を経たずにして茨城のクジラ座礁ニュース。

クジラやイルカなど、

超低周波交信で方角などを認識している海洋性ほ乳類は、

ちょっとした磁気や音波の異常によって方向感覚が狂ってしまうため、

座礁してしまうと言われています。

大きな地震が起きる前には、

海底や大気中の磁気や音波、

イオンやラドンの濃度などに乱れが生じるとも言われてるので、

科学的には解明されてませんが、

僕はイルカやクジラはこのわずかな変化を敏感に感じ取っていると確信しています。



「あれ?」



そんな中、僕は嫌な思いが過ぎった。



……地震。



それからすぐに地殻変動情報を見た。

1月18日更新の情報の中で、

硫黄島(1)12.5cm。

硫黄島(2)14.4cm。

2方向に移動していた。

他に比べてあり得ないくらい変動値が大き過ぎる(汗。

12月くらいから小笠原諸島より南にあるマリアナ諸島、

そして小笠原諸島南部の動きが突出していて地震が頻発している。

それと平行するように富士五湖・飛騨高山方面も小さな地震が頻発している。

“小笠原諸島は富士火山帯”に属する(覚えといて下さい)。

連日の地震がマリアナ~小笠原、そしてついに本土周辺へ波及していくのか?

そして富士火山帯を刺激してしまうのか?

と心配でした。



茨城のクジラ座礁から5日後の3月9日11時45分頃、

三陸沖でM7.3の地震が発生。

「やっぱり!!」と思った。

本震だと思った。

そして地殻変動情報を見てみた。

1日前の3月8日に更新されていた。

硫黄島(2)17.1cm

さらに移動していた(汗。

小笠原の異常、飛騨高山の群発と関連してるのか?

小笠原、飛騨高山、三陸沖、

その3点を結ぶ囲まれたエリアが内が要注意だと思った。



その後、

三陸沖の余震が頻発していたが、

他の場所の地震のマグニチュードが2〜3なのに対して、

三陸沖の余震のマグニチュードが4.6〜6.3と、

他と比べてエネルギーの大きさが全く違う。

凄いエネルギーが溜まっている(汗。



そして昨日14時46分頃、

日本最大級のM8.8の『東北地方太平洋沖地震』が発生。

この地震こそが本震だったのだ(汗。

しかもその約2時間半後17時19分頃、

茨城県沖でもM7.4。

東北地方の三陸沖から関東地方の茨城県沖へ震源の南下。

マリアナ、小笠原からの震源の北上。

かなり危険(汗。

マグニチュードも大きくなってきていて、

震源も浅くなってきている富士五湖・飛騨高山群発も続くんじゃ……

最悪の場合は東京も……

と考えていた先程の3月12日03時59分頃、

新潟中越M6.6の地震がありました。

長野県北部で震度6強。

東北太平洋地震M8.8、

茨城県沖地震M7.4、

との関連はあるのか?

活断層が刺激されたのか?

飛騨高山で頻発している地震と関連なのか?



今日もずっと調べていてある事を発見しました。

霧島連山の新燃岳が噴火していますが、

その影響からか、

沖縄と鹿児島の間、

トカラ列島のごく浅い震源地で頻繁に地震が起きています。

3月7日もトカラ列島近海でM5前後のやや強い地震が数回ありました。

硫黄島が17.1cm動いたと書きましたが、

気になって沖縄からトカラ列島の地殻変動を調べると何と、

沖縄県与那国島7.2cm、

西表島5.7cm、

石垣島5.3cm

移動していました(汗。

硫黄島のすぐ北に位置する父島6.1cm、

母島5.8cmと何ら変わらない変動値。

地震が頻繁に起きている所と同じくらいの変動値。

なのに沖縄近海では頻発という程(最近数回は体感したが)は起きてない。

ということはエネルギーが溜まってる可能性がある。

こういう数値を発見してビックリ(汗。

そして前にちらっと読んだ地震研究の第一人者である琉球大・木村政昭教授の本、

『「地震の目」で予知する次の大地震(…だったはず)』によると、

富士山噴火は2013年のプラスマイナス4年、

つまり、2017年までに起こるって事になります。

マイナスであれば今年起こっても不思議ではありません。

もう既に危険期に入っているんです。

新燃岳の状況は、

これからさらに長期化・拡大化しそうだというのが多くの火山学者の見方です。

書いた通り、マリアナ~小笠原〜飛騨高山の地震頻発で、

富士火山帯も活発化の様相です。

個人的にかなり早まるような気がします。



沖縄近海で1番地殻が移動した与那国島、

地震が頻発しているトカラ列島近海、

宮崎県の新燃岳付近、

この3点を囲んだ細長いエリア内が心配です。




2011年の1年間で、

月が地球に最も近づく日付は約1週間後の3月20日で、

距離は約356,574Km。


それから2週間も経たない4月2日には、

何と今年“最遠”の、

約406,500km程になります。



3/20 03:10 ○ 満月

3/26 21:07   下弦

4/03 23:32 ● 新月



最近取りざたされている「太陽活動低下」に加え、

この月の約100,000kmの遠近が短期間に起こる出来事にも用心して欲しい。

月の引力のメリハリで地球内部のマグマやプレート岩盤が揺さぶられると活断層が動く。

火山噴火を含む地震など発生の可能性があり得ます。

もちろんこれは日本列島ばかりでなく、

全地球で警戒した方がいいと思う。

もう1度書きますが、

沖縄近海で1番地殻が移動した与那国島、

地震が頻発しているトカラ列島近海、

宮崎県の新燃岳付近、

この3点を囲んだ細長いエリア内が心配です。

この期間内だけでもいいんで、

このことを頭の片隅にでも置いてて下さい。



外れた方が嬉しいのですから……。




以上 友人の情報です。


僕も数年前に福岡県西方沖地震をホテルの12階で宿泊中に体験し、恐ろしい思いをしました。
さすがに今回の事で、多かれ少なかれ他人事ではないと感じてる人がほとんどではないでしょうか?


被災者のご冥福をお祈りします。
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by azamashinya2005 | 2011-03-12 12:43